宇喜多秀家陣跡(南天満山) | ||
住所 | 岐阜県関ヶ原町関ヶ原大字関ケ原4146-1 |
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問合せ先 |
0584-43-1111地域振興課 | |
0584-43-1289(関ケ原町教育委員会) | ||
ロケーション | 関ケ原駅北西 | |
JR関ヶ原駅 1700m |
徒歩 21分 |
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関ヶ原IC 2150m | 車 4分 | |
駐車場 | なし | |
WC |
なし |
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宇喜多秀家は秀吉に可愛がられ、若くして五大老になった 秀吉、利家の死後、反家康の姿勢を貫き、関ヶ原の戦いでは西軍の副大将として参戦した 南天満山に布陣し、福島隊と一進一退の激戦が行われた しかし小早川秀秋の裏切りにより宇喜多隊は敗走を始めた。小早川秀秋に一矢を報いるため秀秋陣に突入しようとしたが、家老の明石全登(あかしてるずみ)に諭され、伊吹山方面に逃げた その後薩摩に渡って、義弘によって匿われた。しかし幕府の知れる所になったが、前田利長らのお蔭で、死罪は免れ八丈島への流罪となった |
関連する武将 | ||
西軍 | 宇喜多秀家(29) | |
動員兵力 |
17000人 | |
領地(関ケ原の戦い前) | 備前岡山57万4千石(岡山) | |
領地(関ケ原の戦い後) | 八丈島へ流罪 | |